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森の冒険ミュージカルマルシェ・出店ごあんない

スタッフ同士どうやって全部まわろうか緊急会議が開かれたほど、わくわくなお店がいっぱいの森のマルシェ★
あぁ、これだけでも楽しみすぎるーーーー!!!!

森にちなんだマルシェ 26店のご紹介★
これだけでも、楽しみすぎるー!!!!

●和庵(なごみあん)
 古道具、古民具、古本など

●こねり(中川村)
 自家製酵母パン、体に優しいおやつ

●アドゥマン(中川村)
 幻のスパイス「カルバシ(岩苔)」入りキーマカレースパイス木の実がけ
 マヤナッツを使ったドリンクとスイーツ

●LOTUS食(大鹿村) 
 木のおもちゃ

●りくんこたん(大鹿村) 
 大鹿ブルーベリークレープ 

●思い出ベスト(飯田) 
 西原ぶどう園になる前の桑畑で育てた蚕の絹の着物のリメイク
 ベスト、ポーチ、髪飾り、ブローチ

●蚕空(コクー)(石川)  
 カードリーディング、森のアクセサリー

●土のうた工房wa(伊那)
 土で作った生き物たち

●菜友館(石川)
 胡桃味噌焼き団子、ジビエ能登味噌焼きそば、ジビエ能登塩焼きそば

●百年珈琲(石川) 
 きこりのバームクーヘン、チーズケーキ、オリジナルハンドドリップ珈琲

●チプカとプクチカ(伊那)
 小鳥のリメイクブローチ

●たろう屋・gato (中川村)
 原木生椎茸など
 リメイク雑貨など

●柏屋木材 (飯島)
 森の恵み

●CIRKUSチルクス (茅野)
 スパイスカレー

●朝ちゃん五平 (中川村)
 日本みつばちと中川村の胡桃味噌の五平餅

●カフェマヤ (大鹿村)
 山岳民族マヤ系イシル族が育てた無農薬コーヒー

●MOKI(千曲) 
 森のエネルギーで焼き芋

●アフリカ(高遠町)  
 西アフリカのベナンの森で採れたシアバター、ベナン料理

●キテレツ堂(豊橋)  
 お茶の間おみくじ(甜茶&種)、なつかしの品々、楽器など

●ひだまり(伊那)  
 木の実のざくざくスコーン、きのこの炊き込みおにぎり、きのこと野菜のコンソメスープ
 サンドイッチ、コーヒー、紅茶、森でのジャケット撮影CD

●もりのいえ(岐阜) 
 お弁当、焼き菓子、ファイヤー

●唐木屋(伊那)
 ドーナツと焼き菓子

●麦わらストローワーク(東京) 
 ヒンメリws、販売

●小さな不思議な森の実ケーキ(飯田)
 森の実が入ったロールケーキ

●森の雑貨屋さん 手作り雑貨(駒ヶ根)

●石垣島発信・絵と名前詩作家ハルトレンスイ 
 エネルギー溢れる彩りの絵に名前から生まれる詩を添えて、世界に一枚の作品を創作します。

森の冒険ミュージカル&マルシェ


\ さあ!1歩ふみだそう♪ /
参加型エンターテイメント
『森の冒険ミュージカル&マルシェ』
~歩いて出会う物語~

■3月21日(祝)春分の日 (雨天23日)
■中川村 西原ぶどう園 奥の森(中川村片桐1954)
 伊那田島駅 徒歩5分

【開演】
Aチケット 11:00
Cチケット 11:30

【入場料】
500円(小学生以下無料)

【チケット取扱い店】
アートハウス(飯田市)


たろう屋(中川村)


【チケット予約・お問い合わせ】
NPO法人F.O.P(杉浦)
090-8023-5302
info@fop-jp.net

【出店者募集】1000

森にちなんだメニューや雑貨、ファッションなどで出店者募集しています! テントその他備品は各自持参でお願いします。当日詳細はお申し込み後にご連絡します。わからないことなど、お気軽にお問合せください。

【スタッフ募集】
動画や写真を撮ってくださる方募集しています!
その他、参加したい方!ぜひご連絡ください

【お願い】
・森の中にいくつかの舞台があります。歩きやすく暖かな格好でお越しください。

・ チケットA,Cによって開演(入場時間)が異なります。早めにご来場されてもチケットに明記された時間まで入場ができないことを予めご了承ください。

・入場の際、思わぬ混雑があるかもしれません。どうか、ご協力をお願いいたします。
なにぶん初めての試みです。あたたかなお気持ちを寄せていただけたら幸いです。

・森のおまつり広場では、マルシェが開催されます。小さなお子様、赤ちゃん用以外の飲食物は持ち込みしないようにお願いいたします。この日しか味わえないマルシェの飲食をお楽しみ下さい。

・ 小さなお子様は目を離さないようお願いいたします。みんなで子供を見守りましょう。

・マップの黄色以外のエリア、会場内立入り禁止エリアは危険ですので入らないようにお願いします。

・付近は村のみなさんが大切に育てているぶどう園となっています。畑の中には入らないようにお願いいたします。


森の冒険ファンタジープロジェクト!第1弾&第2弾 11月のWS✨

~森の中に自然と人とつながる舞台とマルシェをつくろう!~
第1弾 【感じて表現するワークショップ】

 

 

癒し、エネルギーを与えてくれる森からのメッセージを受け取り、今の時代にとっても重要な感性を育てるプロジェクト!美しいものへの感動、直観を呼び起こし、感性を持ち続ける力を磨いていきます。それは、いつしか忘れてしまっていた大事な存在と再会する素晴らしい時間となるでしょう♪
参加方法はさまざま。踊りや歌うことが苦手な人も、あなたのやりたいことで是非、参加してください!

 

第1弾は

11月4日(日)・11月23日(祝)

どちらも同じ内容で

【自分を存在を感じ、地球のいのちを感じ、表現するワークショップ】をおこないます。

あなたの中の感性を、あなたの身体で表現してみよう。
言葉?声?表情?ポーズ?
表現とは、自身が感じたことを、他者に伝えるコミュニケーション。
踊ったり、歌ったり、出演するなど関係なく、日常のコミュニケーションにもいかしてください。

【参加費】
1000円

【持ち物】
お昼ご飯
汚れてもいい動きやすい格好
防寒着

【場所】
午前…
伊那田島駅 車で1分 西原ぶどう園隣の森

午後…
中川村 サウンドホール

【時間】
10時 伊那田島駅
10時半 森のいのちを感じる時間
11時半 森でお弁当
13時 表現ワークショップ

15時半頃終了

【講師】
神戸と高千穂を拠点に各地で活動中
清水章代さん

【参加費】
1000円

この【感じて表現ワークショップ】は
同じ内容で11月23日(祝)にも行います。

https://www.facebook.com/events/286408642201160/

1回の参加費で23日も受けられます。

第二弾はこちら!

午前★ 植物博士とわくわく森の冒険
午後★ 自分と他の存在とつながってみよう!
ビートを身体で感じてみよう!

*スケジュール*
10:00 伊那田島駅集合
10:30 植物博士と森の冒険
11:45 お昼
13:00 自分と他の存在とつながって
音を身体で感じてみよう!

森の講師:植物博士 蛭間啓
音の講師:Sabnyuma 竹内利彦・さやか

参加費 1000円

持ち物 動きやすい格好・長靴、または、運動靴

午前だけ・午後だけでもOKです。

太鼓の音が響いた!

みんなの森に、初めて太鼓の音が響いた!

 

 

「ひさしぶりー!」「おはよー!」大人たちの声。
こどもたちも自然に遊びだす。

 

 

🌲🌳🌳🌲🌳🌲🌲👩‍👩‍👧‍👧👩‍👩‍👧👨‍👩‍👧👩‍👧‍👧🐕🌲🌳🌲🌲🌳🌲🌳

伊那谷のビックマザーから伝わってきた歌「ファンガ」も響く!
♪♪♪

♪Fanga alaffia axe axe

♪山の神様、ありがとう。 ♪
♪♪♪・・♪♪ みんなの歌声が気持ちいい。🎶

思えば、この歌を教えてくれたビックファーザー&マザーたちの大ファミリーの姿にすごく心を動かされてきた。

たくさんの家族三世代が集い、
大自然に感謝して、命を感じ合う。

私が育ってきた飯田の公民館でも、
世代を超えたこんな集いはなかなか無かった頃だった。

もうすぐ四世代目も誕生しそうな大きな大きなファミリーの存在。
みんなバラバラになって寂しい家族が増えて、孤独な最後を迎える人たちが増えてきた中、ディープ伊那谷にあるファミリーの存在が憧れだったし、希望だった。 「あんな風になれたらいいよなー!」
サブニュマのたけさともよく話をしてきたことを思い出す。
ここに、ほんのり三世代が集っていることにジーンと感じながらファンガを歌った。

************ それから宮司さんによるご祈祷とお話。

「木を伐採するということは、山の命をいただくということ。
無駄にせず、暮らしに生かしていくことが大切です。
山がなければ、川は生まれず、畑の作物もできないのです。
またすべての命は、山が育てています。」
なんとも、これまたしみじみ。 ************

この日はまた、とても特別で
プロのフォレストワーカー小幡唯くんに
なんのために伐採するのか、また、どんな風にするのか
プロの仕事のほんの少し、講習してもらった。
これがもう、感動ものの仕事姿。

気をひきしめて、森しごとをしないと
命の危険がたくさんあることも教えてもらった。

何十年と生きてきた山の大事な命をいただくのだから、当然、そんな簡単なことではない。

でも、だからといって、全部お任せにしていたら、森はどんどん荒れていくわけで・・・。

 


「同じ人間なんだで、夢もって取り組めばできるに!」
「できることでいいんだで、みんなで関わってやればいいんな」
頭でっかちな私をほぐしてくれた曽根原の兄さんの力と
みんなの力で森を整備していくと・・・ 🌲🌳💫💞💫🌳🌲💫 もう、最初に入った森の姿ではなくなっていた。

うんとこしょ、どっこいしょ。

みんなの力できれいにしていくと。

光と風が通り、とても心地よい森になっていた。

💫💞🌲🌳🌲🌳💫
森が荒れ、獣たちが生きにくく
川が荒れ、魚がどんどん減って
海の塩には、プラスチックが混ざるという
人間の便利の結果があちこちに現れてきた今。

システムに任せずに、誰かの文句を言う前に
自分たちでもう一度、育んでいこう。
これからの私たちの暮らしの
向かう先を子供たちと一緒に創っていきたいな。
踊り、歌い、楽しみながら。

そうそう、最近読んだラトビアの暮らしのような。

どうぞ、みなさん、ご一緒に♪
まだまだ、これからもずっと続いていくもんで
いつでも、関わってほしいに。

夢を描く。

伊那谷 珍獣の森(仮)の今。

そして、未来。

真っ暗針葉樹も、お役目の終わった赤松も、美しい広葉樹に変わっていけばいいな。

そして、静かな森も、もちろんいいし、お祭りな森も楽しいな。

小さなみんなの夢が、小さくくるくる回って、暗い森が素敵に変わっていきますように。

 

珍獣の森 楽園を目指して、ついに伐採!(講習付き!)

【おかげさまで以下のイベントは、楽しく開催できました!】

2017年3月18日(日)より

さー!いよいよ、新月明け。森の集い場(珍獣の森)づくりが始まります。

森の景色は、あっという間に変わっちゃう。
できれば、最初のスタートを皆さんにも見ていただきたく、お誘いします!

プロの山師をお迎えして
道具の扱い方、伐採の方法などを習いながら

寂しく荒れた森を綺麗にしていきたいと思います!

伐採は難しいから、できることで参加したい!という方もぜひ。

大きいものはビル2階?いや?3階くらいの高さの赤松も伐採します。
木々の声、大地の響きはきっとものすごいものになるでしょう!

「家って、どんな風に作っていくの?」
「伐採ってどうやるの?」
「チェーンソーが扱えるようになりたい」
「森づくりって、なに?」

などなど。生きる力を身につけたい方は、是非。
みなさんの夢も持ち寄りで、ぜひ、参加ください。


 

 

 

 


日時:
3月18日(日) 

8:30 集合
伊那田島駅

↓移動 (車で1分・徒歩5分程度の場所です)

8:45~ 山の神様にご挨拶
9:00~ プロの山師より、チェーンソーの使い方や伐採の方法などを学びます。


講習後、初心者でもできることで森を綺麗にしていきます☆
普段見られないプロの山師の仕事を邪魔にならないように見学もしたいと思います!

12:00~
森のランチ
(ロケットストーブもあります。お味噌汁を作ろうかな。できれば皆さん食べてもらえるように来られる方は必ずご連絡を・・・。)
おいしいものを食べながら、森の未来をイメージしましょう♪

13:15~
再度、森しごと開始!

午後は それぞれの時間に合わせて各自終了です。

持ち物:
■軍手(作業用厚手のゴム手)
■チェーンソー(別の作業をしたい方はなくても大丈夫です!)
■ヘルメット(ない方ご連絡ください)
■お弁当
■森でかなえたい小さな夢もお持ち寄りください^^
汁物入れるお椀

info@fop-jp.net (伊那谷の森プロジェクト係)
または
090−8023−5302(杉浦)まで!


伐採講師
自然とともに・地域に生きる「山久農林」代表 ・林業作業士(フォレストワーカー)・造園施工管理技士・飯島町猟友会員

山師:小幡唯さん

サポート講師
理想の森プロジェクト伊那谷 事務局長・地域エネルギー研究会 補佐・柏屋木材 代表 滝澤さん

 



3月19日(月)編

飯田の荒れた渓谷を見事美しく蘇らせた
鵞流峡(がりゅうきょう)復活プロジェクト代表の曽根原宗夫さんと一緒に森を綺麗にしていきます。

「同じ人間なんだで、みんなで夢もってやりゃーできるに。」
曽根原さんのおかげで、素人な私たちの不安がふっとんだのは間違いありません。
エネルギーチャージしにきてください。

集合時間は18日同様!

日時:
3月19日(月) 

8:30 集合
伊那田島駅

↓移動 (車で1分・徒歩5分程度の場所です)

8:45~ 山の神様にご挨拶
9:00~ 鵞流峡(がりゅうきょう)復活プロジェクト代表の曽根原宗夫さんに森しごとの楽しさを少しお話してもらいましょう!


その後、初心者でもできることで森を綺麗にしていきます☆
普段見られないプロの山師の仕事を邪魔にならないように見学もしたいと思います!

12:00~
森のランチ
(ロケットストーブもあります。温かいお味噌汁を作っていこうかな。できれば皆さん食べてもらえるようにしたいので来られる方は必ずご連絡を・・・。)
おいしいものを食べながら、森の未来をイメージしてみよう!

13:15~
再度、森しごと開始!

午後は それぞれの時間に合わせて各自終了です。

持ち物:
■軍手(作業用厚手のゴム手)
■チェーンソー(別の作業をしたい方はなくても大丈夫です!)
■ヘルメット(ない方ご連絡ください)
■お弁当
汁物入れるお椀
■森でかなえたい小さな夢もお持ち寄りください^^

info@fop-jp.net (伊那谷の森プロジェクト係)
または
090−8023−5302(杉浦)まで!

 

 

見つけちゃった!ついに公開だに。

ここ数年、いろーんなところに旅ができて
各地の素敵な人たちや、素敵な場所もたくさん知った私たち。

だけどやっぱりどこへ行っても
アルプスがどーんと迎えてくれる伊那谷に帰ってくると
「あぁぁぁ。最高♥(人´3`)⌒♡。」
なにはともあれ、愛すべき伊那谷なわけでして

残りの人生、できるかぎり、アルプスを眺めながらノンビリ気持ちよく生きていきたい。
伊那谷の皆さんにも、各地で出逢った皆さんにも、いろんな人に
アルプスを眺めながら過ごしていただきたい。
という気持ちは膨らむばかり。。。

そんなこんなで、2017年、夏頃。

 

中央アルプスを背に、なんだか気になってしまった森がありまして。

(あの向こうは、南アルプスが広がっているはず。)

なんども、なんども、通って、、やっぱり、あの奥が気になってしまう。

ていうか、呼ばれてる?!?

(ついに見つけてしまったかもしれない!)

 

まずは、家族に相談しよう。そうしよう。
ここで、暮らしちゃう?!ここに、集いの場を作っちゃう?

ということで

地主さんを探すため、村役場へ・・・
登記をみても役場の皆さん誰も知らない人だという。

そこに・・・
我々の畑のご近所さんが登場して教えてくれたり
その森のとなりの地主さんが現れたり

あれよあれよと、導かれて
ついに地主さんと出逢うことに。

「昔は、村のいろんな人が山を借りくれて、薪にしたり、肥料にしたりねえ。
でも、便利な世の中になった途端、どんどん山は個人に返されて、なかなか手入れができないんですよ。
若い人たちが来てくれて、森を利用して村を盛り上げてくれたら、それはそれはとても嬉しいことです」
と!!!!

その数日後には
「これまでお貸ししていた方がいたんですけど、だいぶ高齢になってきたし、オール電化になったし
森も使わないから返したいと言ってるので、隣接しているヒノキの森も使ってもらえれば・・・」と


おおおおおぉぉぉー!

w(*゚o゚*)w

コロコロコロコロころがるように、森とのご縁が近づいてきたのでございます!

早速・・家族と一緒に潜入してみることに・・・

整備されたヒノキの森を抜けると

 

うるしらしきものも、わんさか・・・

手で掻き分けても無理なくらい
あまりに荒れていて入っていけないので

 

襲ってくる蚊に奮闘しながら

チェーンソーと、草刈機で

 

 

 

少しずつ

少しずつ綺麗にしながら進んでいくと。。。

 

 

天然のアーチがあったり

さらには、
どーん!

あれに見えるは、天竜川と南アルプス!
綺麗に整備すれば、アルプスに囲まれた素晴らしい森になるに違いない!

もうワクワクがとまらなくなって

仲間を連れてきてはアーチをくぐってもらい、
南アルプスと天竜川をみせながら
夢をかたる・・・語る・・・
(おつきあいいただきました皆さん、ほんとにありがとう)


 



(↑立派な赤松のミルフィーユに感動する二人。)

なんども通っているうちに
真っ暗だった荒れた森が
なんだか元気になっているような気さえしてしまう・・・・
私たちを迎えてくれるかな。

耳と心をすましてみるけど
なんせ森に関して、ド素人・・・

活動でご一緒させてもらっている先輩たちに相談し
森のプロフェショナルたちに聞いてみようということで

・竹で荒れた天竜川の渓谷を見事に美しく蘇らせ、
さらには地域の結いも復活させた船頭さん(元ログビルダー!)

・森林インストラクター・薪人メンバー。森の博士!

・伊那の森プロジェクト代表・材木やさんであり工務店でもある頼れる大先輩!

・山師であり、猟師。山と生きる大先生!

・バーテンダーでもあり、大工でもあり、不動産もいとなむスーパーマン。

・これまでの活動をずっと支え続けてくれた同士。

・いっしょに環境活動をともにし、成長してきた子供たち!

 

2018年 1月3日にキリっとした空気の中、お集まりいただきました。

久々にロケットストーブを炊き、
せっかくなので、森でランチしながらの視察会。

すぐ目の前に落ちてる枝や皮の焚付けの良さに感激です。火力も充分!
どこからか運ばなくても、、目の前に燃料がある。
それで料理することができる。
なんとも嬉しき気づきの一歩♪

それから、すっかり大人の背丈になってこの頃すっかり落ち着いた子供たちが
小学生の頃と同じように森で遊んでいて
この森でみんなと集うことのイメージがどんどん湧いてくる。

なおかつ、森のプロフェッショナルたちが口々に

『こんな平場のこんな条件のいい森を、
こんな風にしとくのは勿体ない!』

と!!!!嬉しいお言葉いただいちゃいました。

ランチ後。

『景気づけに、みずきちゃん、いっちょ伐採してみなんよ。これはもう間伐材だで』
と元ログビルダーであり船頭の宗夫さん。

日本酒でご挨拶し

 

 

 

宗夫さんと、山師の唯くんによる超贅沢な特別講習。

 

 

そして、皆さんが見守る中
ダンサーファーマー24歳 女子 MIZUKI、立ち木は初の伐採!

 

細くてもしっかり、ドーンと大地を鳴らすヒノキ!

やったね みずき〜〜!妹の拍手。

母、この時点でちょっとウル。。。

 

 

 

中からアリさんがいっぱい出てきました・・・。

たしかに材木としては無理・・・。

すると


『つうか!よく見りゃヤバイ木ばっかりじゃん!

あれもこれも、いつ倒れるか分からんに!こんなとこ来とりゃあ、死人が出るに!』

と、先輩方。。。

(O_O)(((( ;゚Д゚)))

うるっと感激しとる場合じゃなかった!

 

・まずは、朽ちかけた木や、寄っかかってる危ない木を切ること

・倒木を片付けること

・役場に伐採届けを出すこと

・お役目を終えそうなアカマツ(ヒノキは

・どんな森にしていきたいかイメージすること

 

など、

いろいろと課題をいただきまして


 

鵞流峡復活プロジェクト代表 天竜舟下りの船頭 むねおさんや
伊那の森プロジェクト代表 柏屋材木店の瀧澤さんに

危険木を倒してもらったり、


チルホールの掛け方を教わりながら、倒れ木を引っ張りだしたり。。。

 

細かく切って、まとめたり。

 

 

家族に見守れながら

 

仲間に見守られながら

 

アルプスに見守られながら

 

ときには踊ったり、歌ったりなんかして

 

やっと!

みなさんが入れる森になってきましたーーー!

 

ということで

アルプスに囲まれた
伊那谷の森ガストロノミー 集いの場をつくっちゃおう!

本格スタートは

3月18日日曜日!8時半〜(もしかしたら翌日もあります!)

山師のゆいくんのかなり特別な伐採講習を受けながら
伐採しますーーーーーー!

「家ってどんな風になってるの?どんな風に建てるの?」
「伐採ってどうやるの?!」

知っておきたい方はぜひご一報ください。

info@fop-jp.net
まで!

一緒に珍獣の森で気持ちいいスタート切りましょう〜〜。

 


 

熊本・水俣ほっとはうすミツバチ上映会

胎児性水俣病患者や障がい者が仕事をしながら、
水俣病や障がいについて「 伝える」ことを目的に作られた
施設「ほっとはうす」にて。

 

今回のみつばち上映会を運んでくれたのは
Le jouhouの琢也シェフと
ほっとはうす施設長のタケ子さん。


みつばちの上映も、ダンスとリズムの時間も
どこまで皆さんと感じられるのか、緊張したけど

施設長のタケ子さんは
「手も足も動かなくても、
動く人たちよりずっと、感じる力があるの」
と教えてくれた通り、
じっと、最後まで映画を観てくれた。

みつばちダンサーのダンスと太鼓の音は
患者さんたちの喜びのパワーとなって
患者さんの普段あがらない手を、それも、両手を、押し上げた。
喜びと楽しさの表れだった。

 

施設長タケ子さんが、
何度も「K子さんの手があがったのよ!」と言ってた。

喜んでもらえたことが、嬉しかった。けど
どこまでいっても、やっぱり切ない気持ちは拭いきれず
これっぽっちしか、力になれてないことを申し訳なく思ってしまった。

 

上映前に寄った「水俣病展」で見た
痛みに耐えてひっかいてボロボロになった壁の後や
狂い踊るような患者さんの映像、

ひとり部屋に帰っていく患者さんたちの背中に、
どれだけの苦しみと痛みと孤独感だったのか、、想像を絶する。

 

踊り狂い死んだ猫たちや
患者さんの狂躁状態の映像は
みつばちが踊り狂い死ぬ姿と重なった。

 

どちらも、神経を破壊されている。
そして、小さないきものから、死んでいる。

水俣病は、突然に身体を襲ってくるのだそうだ。
今はまだ歩ける患者さんたちも、いつ、酷くなるかわからない。

なんの力にもなれず、申し訳ないとおもっている自分にも
情けない気持ちで、どう言葉にしたらいいのかわからずにいた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この夜、自由参加で琢也さんの再訪、歓迎会を開いてくれた。
普段参加しないという患者さんまでもが集まってくれた。

そこに参加してくれたNさんの6年前の忘れもしない姿は
琢也さんが一緒に過ごした夜のひどい狂躁状態の時だったと聞いている。

その頃は夜が明けると、まだ話もできたそうだけれど、
今は、歩くことも、普通に話すこともできない。
そんな身体で、お祝いのケーキを買ってきてくれた。

どうやって買ってきてくれたのか、
それを想像すると、今でも胸がいっぱいだ。

私たちは、くだらないことで喧嘩するし
自分の立場を主張し合う。
なんて、ちっぽけなんだろう。

赦し、支えあい、生きる。
水俣病と闘ってきた皆さんの強さに、尊敬しかない。

 

小さな町なのだから、当たり前なのかもしれないけど
店の奥の席にはJNC(元チッソ株式会社)らしき人たちがいたし、

最後に連れて行ってもらった
水俣生まれのマスターが営むバーカウンターでは
昔、患者さんの支援をしていた人の話しになったのだが

マスターはその話しの流れの中で、
「JNC(元チッソ株式会社)は悪いことしたよ。
でも、今は、いいことだってしてるよ。」と言った。

カウンターに一緒にいた水俣病患者のKちゃんは
「うん、うん、わかるよ」って言ってた。

Kちゃんは、怒らなかった。
こんな目にあっているのに、
いつ、狂躁状態が襲ってくるかも、わからないのに。
どんだけの赦しなんだろうか。

究極の赦しに、悔しくて、悲しくて。苦しかった。
水俣に生きるとは、こういうことが日常だ。

家族の死も、狂躁の日々も、ひどい差別も、
全部受け入れて、
水俣の人たちは「もやい直し」を掲げ、
あたらしい未来をつくろうとしている。

 

 

 

でも、まだ、まだ苦悩も苦闘も続いていた。

水俣病は、教科書に出ていた過去の公害事件と思っていたし
子供の私にとってそのページは、とても怖くて避けていた。

今まで、やっぱり、患者さんの姿が怖くて目を背けていた。

過去のことだと思ってたけれど
水俣病は
何も、終わってなかった。

食べた魚で直接に水俣病を患った人たち、
Kちゃんのように、お母さんの食べた魚で、
水俣病を背負って生まれた人たち。
水俣病とわかるまで、
感染る奇病とされ、隔離されてきた人たち
原因がわかってからも
水俣病と認定されなかったり、
認定された人とされなかった人で分裂したり
ニセ患者と言われたり。差別はずっと続いた。

今、まだ、被害の全体像は不明なままで
急に訪れる身体の異変と、まだまだ残っている差別と
闘いながら生きている。

有害だとわかっても、ずっと流し続け
36年もの間に堆積したメチル水銀含むヘドロの厚さは
4mに達するところもあったそうだ。

思った以上の被害数に政府も企業も賠償を恐れて、
健康被害を受けているのに
水俣病と認められない人たちは15000人もいる。

訴訟を提起し長い闘いが続き、ようやく
健康被害の新たな申請数は、、なんと、60000人。

どうにもならない身体で生きる日々を
今も、過ごしている。

その闘いの歴史は、ここに書ききれないほどの量だ。

 

 

「いのちはのちのいのち
のちのちのいのちにかけられた過去からの願いによって生きている。

わたしのいのちは、わたしのいのちではない。
わたしのいのちだからと、勝手に扱っていいのではない。

水俣病患者たちは
毒を引き取り、自然界の苦しみを引き取り、
これからの命のために、生きている。
共生があるのなら
共に苦しみも感じて。

水俣病事件は、病気発生からではなく
食べる、という行為から始まった。
人間は、魚や豚や、植物、命あるものを食べて
命をつないでいる。
その環、食べてつながる命の環に対して起きた事件だということ。

そんな38億年という規模の話だ。
すでに政治的レベルを超えている。
38億年前に、政治なんてないのだから。」

漁師であり、水俣病患者である緒方正人さんより。
水俣展は、http://minamata2017.strikingly.com
12月10日まで。

 

ポスターは子どもの頃の半永さん。
琢也さんいわく、今も、すっごくいい顔して笑うんだそうだ。
水俣市立 水俣病資料館では半永さんの写真展開催中。
その目線に、心がじんわりしてきた。
ぜひ。一度。

http://www.minamata195651.jp

 

【水俣病の歴史概要】

1914.大正3年→ 硫安の製造開始。ヘドロが海に流れ出し漁業被害が始まる。
1923.大正12年→ この頃から、漁業組合が漁業補償を要求。
1932.昭和7年 水俣工場でアセトアルデヒドの製造が始まる。
メチル水銀が含まれた廃液をそのまま海へ放流し始めた。

4年後

1936.昭和11年 新潟でもアセトアルデヒド製造が始まる。
廃液を阿賀野川へ放流。

1939.昭和14年 第二次世界大戦

1940.昭和15年 イギリスでメチル水銀中毒の病像を確立

1941.昭和16年 塩化ビニールの製造を開始し、メチル水銀流出。

同年  母親のお腹の中で水俣病となり、生まれた子供が誕生する。

太平洋戦争開戦。

1942.昭和17年 4歳の水俣病患者が発生

1951.昭和26年 貝類、海藻類が減少。クロダイ・スズキなどが浮き、ボラが獲れなくなる。

1953.昭和28年 水俣湾周辺で魚が浮き、猫が跳ねたり回ったり狂い踊り、海鳥やカラスが舞い落ちた。

続々と、原因不明の奇病患者が増えていく。


1956.昭和31年
「死者や発狂者も。水俣に伝染性の奇病」と西日本新聞が報道。

8月。熊本県が熊本大学に原因究明を依頼。
11月。熊本大学が汚染源がチッソ水俣工場の廃水が最も疑われる。と結論。



その一年後。

1957.昭和32年
水俣湾の魚介類を猫に食べさせ実験し、10日後に毒性を実証。

でも、国は全ての魚介が有毒化してるわけじゃないと認めなかった。
漁民の半数が廃業。
漁業組合員700名が座り込み抗議。



1958.昭和33年 厚生省が発生源は水俣工場の廃水との見解を発表したがチッソ(新日窒)は否定。

どんどん増えていく奇病患者。


同年、熊本県が水俣湾内での漁獲を厳禁する。
廃水ルートを変更し、水俣川河口へ。


すると、今度は、河口付近から不知火海沿岸へ水俣病患者が発生。


1959.昭和34年
通産省が排水を中止するよう行政指導。


チッソは、有機水銀は否定しつつ効果のない浄化槽を設置し、再び、水俣湾へ排水。。。

研究は進み、原因がアセトアルデヒド酢酸工場から出る有機水銀と確認するが、
チッソ株式会社は認めず、熊本漁連によるデモや、漁民の抗議行動が頻繁になっていく。


一方、市長、市議会議長、商工会議所、農業、新日窒労組、地区労などの28団体が
『排水を停止したら市民全体の死活問題だ!!』
と知事に陳情する。

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漁民 対 水俣市民となっていく。

そして、、
36年後
1968.昭和43年。


やっと、チッソ水俣工場は当時のアセトアルデヒド製造設備を停止。

政府が水俣病を公害認定し、メチル水銀が原因と断定する。
以後、未だに闘いは続いている。

被害者数も、埋め立て材劣化によるメチル水銀流出のことや
これからの水銀採鉱、水銀添加製品や水銀使用の製造。


輸出入のことは、はっきりと決まってない。

水俣病も、水俣から始まった公害問題も、
まだ、終わっていない。

 

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